
| 昭和50年 | 大阪大学 基礎工学部情報工学科 卒業 |
| 昭和57年 | 和歌山県立医科大学 卒業 東京女子医科大学にて研修医から勤務医へ |
| 平成12年 | 訪問診療に携わる |
| 平成15年 | 宅医療支援ソフト『在宅くん』開発 |
| 平成18年 | 一生堂クリニック開業 |

鋭い切り口でありながら、時にユニークな表現はとても気さくなドクターです。
ご実家は四代続く医師の家系です。ご幼少の頃から医師への道を着々と志すもの、と周囲の期待をよそに医者なんかになりたくないと工学部情報工学科に進学され、ご卒業されました。卒業後は研究室へ在籍。
しかし、大学在学中に妹さんが他界したことで、落胆したお父さんを気遣い、医学部への再入学を決心され、なんなく学部入学を果たされた経歴をお持ちです。
卒業後は東京女子医大へ入局。その後関連病院の至誠会第二病院に勤務中に、お父さんが認知症と診断されました。看護と介護の為にご実家である広島と東京の往復を強いられる日々が続いた結果、病院への勤務が難しくなり退職を余儀なくされたそうです。
その時に非常勤で勤務を開始されたのが訪問診療クリニックでした。現在の斎藤先生の仕事の原点になっています。
斎藤先生は、医師でありながら業務ソフトを開発しています。工学部出身者とはいえ、なかなかできることではありません。 ソフトを開発した経緯をお聞きしました。
以前に勤務されていたクリニックには山のように疑問と憤りがあったそうです。
申し送りをしない事による訪問ミス、指示ミス、文書管理の乱雑さ・・・。自分ならこうする!とフツフツと湧き起こる思いが自らのソフト開発をしようという思いへ駆り立てたと述懐されています。医師業を行いながら寝食を忘れ作業に打ち込み、約2000時間を費やし、どこにもない在宅専門クリニック向け支援ソフト『在宅くん』が完成しました。
実際に他クリニックで使用を開始、随時改良を重ねてバージョンアップし、保守メンテナンスもご自身で行っています。
そして『在宅くん』を利用すべく、斎藤先生は、平成18年3月から在宅医療の一生堂クリニックを開業されたのです。
現在の一生堂クリニックでは『在宅くん』がフル活動中。『在宅くん』は訪問予定表・指示書・処方箋印刷・カルテ表紙・インターネットで患者さん情報をチェックできる機能満載ソフトです。今後、『在宅くん』が多くの在宅医に利用されれば在宅医療の環境整備に繋がるのだがと、斎藤先生は真剣な眼差しでお話されていました。

さて、3月に開業したクリニックでは、斉藤先生の確かな診療に加え、優しい物腰と穏やかな笑顔に信頼が集まり、開業後間もないなかで患者さんは急増中です。すでにお一人での訪問診療が厳しい状態となりスタッフを増員し、フル活動でお忙しい毎日を送っています。 順風満帆なようですが今後のクリニック運営に課題が無いわけではありません。運営コストの削減やよい医療をしながら収益をあげていくという問題への対応、そしてクリニックの規模を大きくしたときに、あるべき対応ができる院内システムを構築すること。さらに、医師やスタッフの技術技能の向上を図ることで、現在のきめ細かい医療体制を維持していくことなどが大きな目標であり課題です。
斎藤先生は、医師として患者さんのために懸命に働きながら、優れた才能を発揮するソフト開発者として、そしてさらに優秀な経営者としての足がかりをつくりあげるために毎日を忙しく過ごされています。
そんな医師として懸命に患者さんに貢献する日々を送りながら、在宅医療は24時間、まったなしの対応をしなければならない環境であるために、大好きな趣味である自転車、スキー、ドライブを楽しむ時間が持てなくなったとニコニコされて斎藤先生は話されていました。

斎藤先生のファンである私たちは皆、『ちょっと赤倉にスキー行ってくるからお願いね。』と、斎藤先生が心から信頼する医師やスタッフに仕事を任せ、お休みとることができる体制が、早くできればよいと願っています。
『現状に満足することなく、医師として研鑽を怠らず、地域に密着した医療の提供ができる、自分が考える理想の医療を目指したい』、ときりっとした目で力強く語る斎藤先生が、これからもより一層のご活躍をされることをお祈りしています。
斉藤先生には在宅のご経験を活かし、ホームドクターズ倶楽部に対するアドバイザリーを行っていただくことになっています。現在、ホワイトボックス株式会社が運営するドクタートレジャーボックスに在宅におけるさまざまな記事を書いていただいていますが、ホームドクターズ倶楽部を通じて多くの在宅医としてスターとされる医師に対しよりリアルな支援をしていただけるものと期待しています。












